ところで「中宮」というのは、少し変わった地名ですが、付近にある神社が由来です。白山信仰の中心は、ここからずっと金沢方面の麓へ下った場所に鎮座する、全国の白山神社の総本社・白山比咩神社(しらやまひめじんじゃ)ですが、白山山頂に奥宮があり、その他にも白山を信仰の対象とする数多くの神社が周辺にあります。中宮のあたりにもそうした神社があって、白山比咩神社と奥宮の間に位置することから、「中宮」という名が付いたようです。中宮温泉からいくらか麓へ下った新中宮温泉の近くにある、笥笠中宮神社(すがさちゅうぐうじんじゃ)がそれで、別の場所にある佐羅早松神社(さらはやまつじんじゃ)、白山別宮神社(しらやまべつくうじんじゃ)とともに、「中宮三社」と呼ばれました。白山比咩神社を中心とする「本宮四社」とともに、「白山七社」とも呼ばれ、白山信仰を代表する、有力な神社だったようです。
白山比咩神社の祭神は、菊理媛神(くくりひめのかみ)で、白山比咩神(しらやまひめのかみ)、とも呼ばれますが、創世の夫婦神である、冥界から逃げ帰ってきた夫・イザナギと、死後の醜い姿を見られ怒って追って来た妻・イザナミの間を取り持った神として、日本書紀に現れます。菊理媛神が何かを言って、両者の争いは終わるのですが、ここで菊理媛神が何を言ったかは書かれておらず、その描写もごくわずかである為、神話上の大きな謎の一つになっています。一方で、国内には数多くの白山神社があり、日本の有力な信仰の一つなのですが、泰澄以前の白山信仰に関わる話はこの神話くらいしかなく、謎を深めています。
さて、筆者は「木戸旅館」で日帰り入浴をしました。こじんまりとした浴場ですが、趣のある檜の湯船にモスグリーンの湯がたたえられています。壁には九谷焼作家・松本佐一氏の陶壁画「白山讃歌」が飾られています。露天風呂はありませんが、山あいの湯治場の雰囲気が楽しめました。尚、中宮温泉には露天風呂のある旅館もあります。中宮温泉▼所在地:石川県白山市中宮▼泉質:ナトリウム-塩化物・炭酸水素塩泉(低張性中性高温泉)▼ph:6.8▼泉温:61℃▼湧出量:130リットル/分(自噴)▼温泉の利用形態:源泉掛け流し▼日帰り営業時間:不明(18:30頃は入浴可能でした)▼休業日:12月上旬~4月上旬▼入浴料:500円▼問い合わせ先:木戸旅館 076-256-7953http://www.kido.yad.jp/index.htmlhttp://www.chuguonsen.com/(中宮温泉旅館協同組合のサイト)
中宮温泉の地図はこちら。白山スーパー林道料金所の手前に看板があり、脇へ入る道があります。その道を登っていくと中宮温泉に着きます。尚、上に書いたように、冬期は閉鎖されます。また、これも上に書きましたが、白山スーパー林道は、半年程しか開通しておらず、夜間の通行や、二輪車の通行もできません。白川郷からアクセスする際には注意が必要です。近頃はETCが1000円になった影響で、連休ともなると、東海北陸自動車道や白川郷の周辺が大変混雑します。特に、白川郷は駐車場のキャパシティを超えるほどの自動車が来ると、ICからの道が想像以上の渋滞となります。筆者が訪れた際は、ICの高速本線との分離帯に、「合掌集落まで3時間」という表示がありました。このときは白川郷自体には寄らなかったのですが、ICから白山スーパー林道の入口まで、たった数km進むのに1時間程掛かりました。夜間閉鎖される道であるため、この点を考慮しておかないと、入口まで行ったものの、スーパー林道に入れないという事態が発生しますので、注意が必要です。
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三百年程前、九兵衛という若者が、ここで牛を飼って住み着きました。が、三年後、重い病気に倒れてしまいます。そこに恐山への巡礼に向かう娘が立ち寄って、手厚い看病をし、九兵衛は全快。二人は結ばれて三年を幸せに過ごします。しかし実は九兵衛には、岩手県の久慈に残した妻と子がおり、妻が九兵衛を迎えにやって来ました。そこで娘は、本妻と子の幸せを祈り、ここに身を投げました。それを知って悲しんだ本妻も、「後生を掛けて(来世の幸福を願って)」身を投げました。それ以降、ここを「オトメ・モナメ」と呼ぶようになり、この土地を「後生掛」と呼ぶようになった、というものです。
この伝説は、もしかすると、この地にかつてあった水や大地の女神の信仰の名残かもしれません。水の女神の信仰が、泉に身投げしたり、人柱となった女性の話に変わりつつ、泉への信仰自体はそのまま残る、という例が世界的によく見られるからです。大地や水、火などは、女神と見なされる事もよくあります。そして、恐山という極めて土着的で、女性シャーマン色の強い宗教的要素が絡んでいる事や、恐山と地理的に非常によく似た場所である事も、気になります。寺院にならなかっただけで、ここにもイタコのような女性シャーマンでもいたのかもしれません。「後生」という言葉には、宗教的な要素もあります。
もっとも、これらは大した根拠のない、個人的な推測に過ぎませんが。ただ、「三」という数字が二回使われ、主人公の名前が「九」というのは、何かしら意図的なものがあるように思います。九兵衛の出身地「久慈」も、「く」の音が「九」に通じます。
脱線してしまいましたので、自然研究路に戻りましょう。
「オトメ・モナメ」の奥にある、「紺屋地獄」。「湯沼」とも呼ばれます。噴気に含まれる硫黄と、それが地表に出るときに生成される硫化鉄等が沈殿して泥湯になっています。「紺屋」というのは染物屋の事で、染料を煮る様子に似ている事からこの名があります。ちなみに、奥の建物は後生掛温泉の旅館です。自然研究路の様子を、動画に収めてみました。オトメ・モナメ→中坊主地獄付近の熱湯噴出口→大泥火山の順です。最後の大泥火山では、よく聴くと、噴き上がる泥とともに「ポコッ」という音が聞こえます。[yt:Ft81shXtUmM:425:350]
研究路の途中には、「しゃぐなげ茶屋」という売店・休憩所もあります。ここでは表面が硫化した黒い温泉卵を食べられます。山ぶどう100%ジュースも売っていました。非常に酸味が強いです。なお、研究路は一周約2kmで、40分程度で散策できます。こうして自然研究路を散策しててみると、後生掛温泉が、いかに火山の恩恵を受けたものかという事が分かると思います。強い酸性で、硫黄分の濃い湯は、古くから効能豊かな湯として知られ、「馬で来て足駄で帰る後生掛(体調を崩して馬に乗ってやって来ても、下駄を履いて徒歩で帰るようになる程、温泉の効果があるという意味)」という言葉が伝わっている程です。
こちらは夏でも雪の残る、八幡平山頂付近の見返峠から、岩手山を望んだところ。観光道路「八幡平アスピーテライン」によって、後生掛温泉も八幡平山頂も容易にアクセスできます。路線バスも走行しています。なお、見返峠駐車場から山頂までは、徒歩約30分です。後生掛温泉▼所在地:秋田県鹿角市八幡平▼泉質:酸性-単純硫黄泉(低張性酸性高温泉)▼ph:3.2▼泉温:88.4℃▼湧出量:150リットル/分(自然湧出)▼温泉の利用形態:掛け流し、加水(源泉温度が高いため)▼日帰り営業時間:7:00~18:30▼休業日:無休▼入浴料:400円(別料金で個室・大部屋、昼食付日帰り入浴あり)▼問い合わせ先:後生掛温泉 旅館部:0186-31-2221 湯治部:0186-31-2222http://www.goshougake.com/
後生掛温泉の地図はこちら。岩手県側からもアクセスできますが、八幡平アスピーテラインは、冬期は県境の見返峠付近が通行止になります。秋田県側は後生掛温泉まで冬期も通行可能ですが、豪雪地帯なので事前に確認を。
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湯溜りの底から湯が湧き上がる様子と、おたまじゃくしが泳ぐ様子を、動画に収めてみました。最後の方で、底から湧いてきた源泉の泡に驚いて、おたまじゃくしが逃げていきます。[yt:mSxgvl89hCQ:425:350]
河原の温泉は見ての通り自然そのものの為、脱衣所などの施設は何もなく、足湯はともかく全身入浴するには抵抗のある人も多いでしょうが、切明温泉には3軒の宿があり、日帰り入浴も可能です。河原の露天風呂に浸かった後、宿の食堂や売店で飲食する事もできます(切明には3軒の宿と発電所以外は何の施設も人家もありません)。河原を掘る為のスコップも貸してくれるようです。紅葉が美しい場所だけに、シーズンにはツアー客も訪れますが、河原の露天自体は混雑して入れないという事はまずありません。また、秋以外には観光客もまばらで秋山郷全体も静かなものです。
ただし冬は要注意です。確かに雑魚川林道は閉鎖されるものの、発電所がある為か新潟県側からは通年アクセス可能で、「雄川閣」など冬期も営業している宿もあります。しかし、国内屈指の豪雪地帯であり、あまりの積雪量で、周囲から孤立する事もしばしば。21世紀なってからも、積雪による孤立の為、自衛隊による救援活動が行われた時があります。また、秋山郷の最寄駅、飯山線の森宮野原駅は、JR駅の史上最高積雪記録を持っています。もし冬に訪れる際には、事前に電話等で積雪状況や道路状況を確認しておくべきでしょう。また、河原の露天風呂は、大雨や雪解けによる増水で入れない事もあります。こちらも事前に確認しておいた方がいいかもしれません。
なお、秋山郷には、切明温泉以外にも数多くの魅力的な温泉があります。これらに関しては、また別の機会に紹介したいと思います。
切明温泉▼所在地:長野県下水内郡栄村切明▼泉質:カルシウム・ナトリウム-塩化物・硫酸塩泉(弱アルカリ性低張性高温泉)▼ph:7.6▼泉温:55℃▼湧出量:333リットル/分(自然湧出)▼温泉の利用形態:源泉掛け流し▼営業時間:24時間▼休業日:無休▼入浴料:無料▼問い合わせ先:温泉保養センター 雄川閣 025-767-2252http://www.vill.sakae.nagano.jp/skousya/yusenkaku.html
切明温泉の地図はこちら。雑魚川林道はほとんど全面舗装されていますが、道幅が狭くガードレールがない場所もある上に、紅葉シーズンには観光バスまで通るので、通行には注意が必要です。また、新潟県側の国道405号も、雑魚川林道程ではありませんが、やはり道幅は狭いです。また、ガソリンスタンドは秋山郷全体で一軒しかなく、距離の長い雑魚川林道には皆無です。志賀高原から雑魚川林道を経て切明温泉に向かう場合、国道292号から奥志賀へ向かう分岐点近くにあるスタンドが最終となりますので、ここで確実に満タンにしておく事をお勧めします。
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この他、三朝町内には、開湯伝説にも関わる三徳山三仏寺があります。千三百年前、修験道の開祖・役小角が開いた古刹で、切り立った断崖の窪みに建つ国宝の奥の院、通称「投入堂」で有名です。三朝町や鳥取県では、世界遺産への登録も進めています。
このように効能と歴史豊かな三朝温泉。鳥取-島根間を移動する旅行者(ほとんどは鳥取砂丘と出雲大社が目的でしょう)には、「何もないのに距離が長い」と思われがちな鳥取県中部ですが、時間に余裕があれば十分に寄り道する価値のある温泉です。特に自動車で鳥取-島根間を移動する移動する場合、24時間入浴可能な河原風呂は大変重宝します。
三朝温泉(河原風呂)▼所在地:鳥取県東伯郡三朝町三朝▼泉質:単純放射能泉(他の源泉には含放射能-ナトリウム・塩化物泉、含放射能-ナトリウム・炭酸水素塩泉もあり)▼放射線量:683.3マッヘ(どの源泉についてかは不明)▼ph:7.1▼泉温:36.5℃~86.1℃(三朝温泉全体)▼湧出量:36リットル/分(自然湧出?)▼温泉の利用形態:源泉掛け流し▼営業時間:24時間▼休業日:無休▼入浴料:無料▼問い合わせ先:三朝温泉観光協会 0858-43-0431 http://www.misasa-navi.jp/
三朝温泉の地図はこちら。日帰りの場合、三徳川の河原にある無料駐車場か、郵便局の向かいの奥あたりにある、有料駐車場が便利です。
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「猫啼」という地名の由来は、この地に生まれたという平安中期の女流歌人・和泉式部が、京に上る際に愛猫「そめ」を置いていき、その猫が主人を慕って毎日啼き続けた、という伝説によります。猫は悲しみのあまり病み衰えていきましたが、近くの泉に浸かるうちに回復していき、それを見た里人が泉の水を汲んで入浴したところ、優れた効能があることが分かり、湯治場を設けたそうです。
伝説によると、和泉式部は、この地の豪族・安田兵衛国康の娘、玉世姫(たまよひめ)として生まれ、町内には姫が産湯に浸ったという小和清水(こわしみず)、国康が観音菩薩に祈願して式部を授かったという和泉式部堂などが残っています。内田康夫の「十三の墓標」、舟橋聖一の「ある女の遠景」など、小説の題材にもなっている伝説ですが、全国各地の小野小町生誕伝説などと同じく、あくまで伝承の域を出ないものです。
しかし、高僧や武将ならばともかく、和泉式部が関わる温泉発見伝承というものは極めて珍しく、同様に鷺や鶴ならばともかく、猫が温泉発見伝承に関わるというのも非常に珍しい事です。おそらく、どちらも猫啼温泉をおいて他に例はないものと思います。このような特殊な伝説が生まれる背景を知りたいところです。井筒屋の内湯。和泉式部と猫の伝説を描いた色鮮やかなタイルが非常に印象的です。温泉や銭湯では滅多に見る事のない、百人一首の絵札のような雅やかなタイルです。ちなみに、和泉式部の歌は百人一首にもあります(「あらざらむ この世のほかの 思ひ出に 今ひとたびの 逢ふこともがな」という歌)。またこうした聖域には「霊泉」と呼ばれる神聖視される泉がつきものです。寺社にある泉などがそうですが、古くから「病を癒す」と言われた温泉も皆「霊泉」と呼ばれており、猫啼温泉も和泉式部の時代以前の太古から崇拝されていた可能性もあります。櫛上げ石は「霊泉」のランドマークとして崇められていたのかもしれません。
和泉式部が猫啼温泉の他に、小和清水など別の「霊泉」と関係しているのも気になります。また、冒頭に書いたように、町内には放射能泉がいくつかあり、どれも平安時代に開湯されたという伝説を持つ、古くから知られたものです。この地域一帯は、「霊泉」の湧く場所として、周囲の信仰集めた場所だったのではないでしょうか。
ところで、水の神は世界中で幅広く女神として表現されていますが(有名なところでは弁財天など)、当地の和泉式部伝説は、太古から周囲の信仰集めた水の女神がベースにあるような気もします。駄洒落ではありませんが、「泉」と「和泉」が全く同音で、一文字足しただけというのも、無関係とは言えないかもしれません(和泉式部自身の名前の由来とは無関係ですが)。当地の古い水の女神の信仰が伝説化される過程で、地元の人々により、「いずみ」の名を持つ著名な女性に集約されていった可能性もあるでしょう。もちろん、これらは全て、さしたる根拠もない筆者の推測に過ぎませんが、何にせよロマンをかき立てられる伝説です。こちらは井筒屋の食事です。和泉式部の活躍した平安時代を、若干意識した(と思われる)食器を使っています。筆者は二回目訪問時に宿泊もしてみました。井筒屋は一番安い部屋であれば一泊二食付きで7350円とリーズナブルな宿です。特に有名な観光地が近くにある訳ではありませんが、その分混雑もしておらず、ゆっくり休むにはいい温泉です。上で書いたように、近くに有名な観光地もなく、取り立てて目立った入浴感のない温泉ですが(ただし放射能泉としては東北屈指)、静かで低料金で、小説の題材にもなるロマンのかき立てられる宿なので、文筆などに打ち込むには、インスピレーションが湧いてきていいかと思います。昔、筆者もWEBサイトの文章をまとまって作るために二泊したことがあります(笑)
猫啼温泉(井筒屋)▼所在地:福島県石川郡石川町猫啼▼泉質:単純弱放射能冷鉱泉(低張性-中性-冷鉱泉)▼放射線量:12.35マッヘ▼ph:7.1▼泉温:8℃▼湧出量:6リットル/分▼温泉の利用形態:加温、循環式▼日帰り営業時間:9:00~16:00▼休業日:(おそらく)無休▼日帰り入浴料:650円(別料金で個室、昼食付日帰り入浴あり)▼問い合わせ先:式部のやかた 井筒屋 0247-26-1131 http://www.itsutsuya.co.jp/
猫啼温泉の地図はこちら。福島空港から車で30分、JR水郡線・磐城石川駅から徒歩10分と、割とマイナーな場所にしては交通の便もなかなかです。
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新潟県中南部、長野県と県境を接する十日町市。県内でも有数の豪雪地帯である山がちなエリアですが、ここに「日本三大薬湯」の一つ、松之山(まつのやま)温泉があります。
「日本三大薬湯」というくらいなので、泉質は特別なものがあります。その最も大きな特徴が、ホウ酸含有量。1リットルあたり349.5mgも含まれ、日本一の含有量です。色は、若干薄緑色の濁りがあるかどうかで、ほぼ無色透明なのですが、ほのかに石油臭がするという、非常に稀な特徴を持っています。写真のような足湯でも、その香りはよく分かります。松之山温泉の特徴の一つが、この塩分の濃さであり、戦後の一時期には、湯から塩を採取していたほどです。山中の温泉としては、ここまで塩分が濃いのは比較的珍しい事で、地下に閉じ込められた1200万年前の海水が、地圧によって湧出する、「ジオプレッシャー型温泉」という説があります。確かに、近隣に火山もないのに、塩分の濃い高温の湯が噴出している理由としては、それなりに説得力があり、松之山温泉の各所に、この説が掲示されています。
ただし、こうしたいわゆる「化石海水」の多い、東京都内の温泉などとは、かなり異なります。塩分濃度が高いのは同じですが、都内の化石海水系の温泉の多くは、半透明の茶色です。また松之山温泉のような石油臭もなく、ホウ酸もこれほど含んでいません。化石海水は、いかなるものでも海水の成分そのままということはなく、長い年月の間に地底にて様々な化学変化を起こしており、それは平野部でも同じですが、松之山温泉は、平野部でよく見かける化石海水の湯とは、かなり違っています。平野部でよく見かける化石海水とは、また異なる化学変化を起こしているのでしょうか。もっとも、平野部の化石海水にも、石油臭のするものもあるにはあります。
また、新潟県は古代から石油を産出することで有名な場所でもあります。松之山温泉に含まれる事もある、近隣の兎口(うさぎぐち)温泉は、松之山温泉と泉質も似ており、同じように石油臭がするそうです。兎口温泉は、明治時代の石油試掘の際に、天然ガスとともに噴出したそうなので、松之山温泉の石油臭も、石油と全く無縁ではないでしょう。太古の海水中に含まれたプランクトンが石油化したのではないかという話もあります。石油に近い成分を含むのであれば、よく見かける化石海水と成分が異なるのも当然でしょうか。国内には、太古の植物が半ば石炭化したモール泉という種類の温泉もあり、そうしたものに近いのかもしれません。また、石油と似たような成分があるからといって、入浴できないという訳ではなく、むしろ薬効成分豊かな貴重な湯と言うことができます。石油自体、古くから薬として利用されてきたという歴史もありますので。ちなみに松之山温泉の湯は、飲泉も可能です(施設によるようですが)。
さて、上で書いたように、松之山温泉には温泉街があります。小規模ではありますが、いくつかの旅館が建ち並び、土産物屋などもあります。湯上りにちょっと散策するのには、丁度良いでしょう。また、松之山温泉は歴史ある湯である事は先に述べましたが、それに関連した事として、小正月に行われる、婿投げ、墨塗りという非常に特殊な行事も伝わっています。婿投げは、婿(前年に松之山出身の女性と結婚した男性)を温泉街の奥の薬師堂で胴上げし、薬師堂から崖下約5mに向かって投げ落とすというもの。非常に荒っぽい行事のように思えますが、松之山は豪雪地帯であるため、婿に怪我はありません。婿投げの後、注連飾りや門松などを積み上げて燃やし、その灰と雪を混ぜて作った墨を、参加者同士無病息災を祈願しながら顔に塗るのが、墨塗りです。婿投げは300年程前、墨塗りは600年程前より伝わる伝統ある行事ですが、松之山の中でも温泉街の中心である湯本にのみ伝わる行事で、墨塗りの開始年代は伝説上の温泉の開湯年代にも近いので、温泉そのものと何か関係があるのかもしれません。崖から落とされて雪にまみれても、顔中墨だらけになっても、その後で湯に浸かればどうという事もないのは確かな訳ですが。
このような不思議な伝統と泉質を持ち、越後の山深くに湧く、松之山温泉。車で行ったほうが便利ではありますが、上越新幹線湯沢駅に直結する、北越急行ほくほく線まつだい駅より直行バスがありますので、東京から鉄道で行っても、さして不便ではありません。東京から鉄道とバスのみで日帰りも可能です。ただし、冬期は相当量の積雪となりますので、その点は注意が必要です(特に車の場合)。※特急はくたかはまつだい駅には停車しません。松之山温泉(鷹の湯1号泉・鷹の湯2号泉)▼所在地:新潟県十日町市松之山湯本▼泉質:ナトリウム・カルシウム-塩化物泉(1号泉:高張性中性高温泉、2号泉:高張性弱アルカリ性高温泉)▼メタホウ酸:242.0mg(1号泉)、349.5mg(2号泉)▼ph:7.3(1号泉)、7.6(2号泉)▼泉温::83.0℃(1号泉)、84.5℃(2号泉)▼湧出量:60リットル/分(1号泉)、93リットル/分(2号泉)、ともに掘削自噴▼温泉の利用形態:循環掛け流し併用、加水と思われる▼営業時間:10:00~22:00(12月~3月は21:00まで)▼休業日:5月~12月の第2・4木曜日、1月~4月の毎週木曜日 ※祝日の場合は翌日休業▼入浴料:500円▼問い合わせ先:松之山温泉センター「鷹の湯」 025-596-2221http://www.matsunoyama.net/(松之山温泉総合サイト)
松之山温泉の地図はこちら。
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縄文杉に代表される、自然の宝庫・屋久島。この世界自然遺産の島にも、温泉がいくつかあります。
その中でも最もダイナミックなのが、島の南端にある平内海中(ひらうちかいちゅう)温泉。磯の中から温泉が湧き出しており、潮が満ちてくると海中に没してしまうため、干潮の前後五時間(二時間という話もありますが、おそらく前後合わせて四、五時間なのではないでしょうか)くらいしか入浴できません。文字通り海中温泉です。遠めに見ると海との境目が分かりませんが、湯は結構熱く、硫黄臭も漂い、明らかに海水とは異なります。もちろん、毎日海中に没するので、海水は混じっていますが。さて、縄文杉への登山時間を考えると、交通の便の関係もあって、屋久島への旅行は最低2泊3日は必要になります。すると、縄文杉登山には丸一日を要しますが、初日もしくは最終日には、別の島内観光をする余裕が出てきます。その際、平内海中温泉に浸かってみるのも良いのではないでしょうか。ただし、干潮時間を調べておくのをお忘れなく。ちなみにどうしてもこの湯に入るのはためらわれる、という方には、建物の中にある温泉が近隣にあります。
平内海中温泉▼所在地:鹿児島県熊毛郡屋久島町平内▼泉質:硫黄泉(低張性アルカリ性高温泉)▼ph:9.2▼泉温:46.4度▼温泉の利用形態:源泉掛け流し▼営業時間:干潮の前後2~5時間前後のみ入浴可能▼休業日:なし▼入浴料:寸志(100円程度)▼問い合わせ先:屋久島町商工観光課 0997-43-5900http://www.yakushima-town.jp/
平内海中温泉の地図はこちら。
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ここで注意事項を書いておくと、、訪問したのは、既に五年も前(2004年)の事なので、この標識が今でもあるかどうかは分かりません。また、訪問したときには、当時転勤で八戸に住んでいた大学の後輩が車を運転していたので、筆者自身もそこまで詳しいことは分かりませんし、さすがに記憶に残っていません。もっとも、奥でダム工事が進んでいるようなので、入口がもっと分かりやすくなっている可能性はあります。確実なところでは、左側に「鳴沢第二露営地」という看板が出てきたら、既に通り過ぎています。それにも気付かず、「銅像茶屋」まで行ってしまう事もあるかもしれませんが、いずれにしても行き過ぎです。なお、当然ながら青森市方面から向かった場合は、逆になります。
さて、上の標識の入口から、写真のような未舗装の林道を進んでいきます。今はダム工事が進み、木もかなり伐採されて、道幅も広がったようですが、その分ダンプも結構通るようなので、走行には注意が必要です。林道を行き止まりまで行ったら、そこからは徒歩になります。このように、廃業した旅館の温泉が、一部とはいえ快適に利用できるのは、単に放置されているのではないからです。地元のボランティアの方々が清掃されているからに他なりません。一度でも利用した者として、この場を借りて感謝申し上げます。また、それだけに常時入浴可能な状態に保たれている訳ではありませんが、湯はこんこんと湧き続けており、清掃さえすれば入浴可能ですので、入浴の方は、はじめから清掃するくらいのつもりで来られるべきかと思います(1時間程度清掃すれば入浴可能になるようです)。
また、山中ゆえの危険があることは先に述べた通りですし、途中の橋や施設もいつ崩壊するか分かりません。実際建物もほぼ全て倒壊してしまっています。商業施設でも公共施設でもありませんので、いかなる危険に遭おうとも自己責任である事を念頭に置いてご訪問、ご入浴下さい。また全く明かりがない山中なので、夜間の入浴も危険です。
天候についても同様で、急流に架かる危うい橋を渡らねばなりませんので、荒天時は命取りになります。また、八甲田山は世界でも有数の豪雪地帯。県道40号の国道394号との交点~銅像茶屋までは通年通行可能ですが、ご覧の有様となり、それなりの運転技術を要します。八甲田山の冬は長く、入浴可能な時期は5月~11月くらいだと思います。ところで、先に田代元湯の近くでダム工事が行われていると書きましたが、実は2018年頃にはそのダム(駒込ダム)が完成し、この湯も沈んでしまうそうです。完成まで残り10年を切り、工事も本格的に進んでいるようですので、入浴したい方はお早めにどうぞ。なお、近隣には、同様に廃墟と化した田代平温泉などもあります。
田代元湯温泉▼所在地:青森県青森市駒込▼泉質:含硫化水素芒硝泉(緩和低張性高温泉)▼ph:不明(アルカリ性)▼泉温:48℃▼湧出量:不明(自然湧出?)▼温泉の利用形態:源泉掛け流し▼営業時間:24h▼休業日:無休▼入浴料:無料
田代元湯の地図はこちら。
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三重県、奈良県、和歌山県に跨り、西日本最大の秘境とも言うべき紀伊山地。その中でも秘境中の秘境、奈良県南西部の野迫川村(のせがわむら)に、知る人ぞ知る秘湯があります。
その名も雲之上温泉。名前の通り、見事な雲海を望む事が出来、まさに「雲の上」にある温泉です。標高は1200m。高野山、金剛山を眼下に見下ろし、はるか彼方に奈良盆地、大阪平野をも望見できます。さて、近隣にある二つの場所を紹介しましたが、自然と一体化している神社と祠なので、実際にはやはり山しかないと言ってもいいでしょう。雲之上温泉は、関西では有名な山岳温泉なのだそうですが、それも温泉通、写真家、登山家や、立里荒神社の参拝者に限った話で、実際にはほとんど知られていないと言っても良いと思います。筆者はここに泊まったとき、お盆が近くなって突然休みが出来たので、関西に旅行しようと思い、急遽宿を探したところ、時期が時期だけに全く空きがなかったのですが、ここにはすんなり予約を入れられました。実際、宿泊客もあまりいませんでした。おそらく関西の穴場中の穴場なのだと思います。紅葉・雲海の時期と、立里荒神社の例祭日などを除けば、空いている事でしょう。
しかし、これほどの絶景が見られ、夏でも非常に涼しいので、避暑地としては最適です。世界遺産となった高野山観光にも適しています。雲海はいつでも見られる訳ではありませんが、それでなくとも絶景は楽しめますので、喧騒を離れたい人にはお勧めの場所です。今や秘湯、秘境と言われる場所にも数多くの人が集まるのもよくあることですが、ここなら本質的な意味での秘湯、秘境の雰囲気を味わえると思います。
雲之上温泉▼所在地:奈良県吉野郡野迫川村立里179-2▼泉質:アルカリ性単純温泉)▼泉温:27.5℃▼温泉の利用形態:常時加温、加水の場合あり、一部掛け流しまたは掛け流し・循環式併用▼日帰り営業時間:8:00~20:00▼休業日:1月16日から3月31日までの1日を除く木曜日▼入浴料:600円▼問い合わせ先:ホテル開雲荘 07473-7-2721 http://kaiunsou.hp.infoseek.co.jp/
雲之上温泉の地図はこちら。バスの本数は少なく、車で行くのもなかなか大変な場所ですが、高野龍神スカイライン経由が最も容易なルートだと思います。なお、高野山ケーブル高野山駅まで、開雲荘から送迎があります(要予約)。
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神話の国、出雲。そんな土地柄にふさわしい温泉が、山陰屈指の名湯、玉造(たまつくり)温泉です。
玉造温泉は、宍道湖に向かって北に流れる玉湯川沿いに温泉街を形成しています。ここは古代最大の勾玉生産地であり、地名もそれに由来します。勾玉は玉造温泉のシンボルで、玉湯川には巨大な勾玉が取り付けられた、ちょっとアバンギャルドな勾玉橋も架かっています。玉造温泉の歴史は非常に古く、神話の時代、少名彦神(すくなひこなのかみ)が発見したという伝説があります。文献上でも、奈良時代に作られた出雲国風土記に、川岸に温泉があって、人が集まり、市が立ち、酒宴が開かれ、どんな病にも効き、「神の湯」と呼ばれる、と書かれています。また、平安時代の枕草子にも、日本三名泉として登場します。国内でも最古級の温泉です。
近世には松江藩主の静養の地でもあり、明治以後も格式の高い温泉地として発展してきました。それだけに、歓楽色は一切なく、高級旅館が建ち並んでいます。筆者は初めて玉造温泉を訪れたとき、その中でも比較的低料金だった「山水」という宿に泊まりました。出雲地方への旅行する人の多くは、神社や歴史に興味のある人でしょうが、古代史や石が好きな人は、玉造温泉は必見のスポットです。観光も温泉も土産も揃う優れた場所ですが、近隣に有名な観光地が多く、あまり混雑しないのも魅力です。
玉造温泉▼所在地:島根県松江市玉湯町玉造▼泉質:アルカリ性単純温泉(山水、玉造温泉ゆ~ゆ)▼ph:8.0(玉造温泉ゆ~ゆ)▼泉温:52.2℃(山水)、30.4℃(玉造温泉ゆ~ゆ)▼温泉の利用形態:掛け流し(加水・加温の場合あり、山水)▼営業時間:10:00~22:00、朝風呂営業日あり(玉造温泉ゆ~ゆ)▼休業日:月曜、祝日の場合は翌日(玉造温泉ゆ~ゆ)▼入浴料:800円(山水日帰り)、600円(玉造温泉ゆ~ゆ)▼問い合わせ先:山水 0852-62-1123玉造温泉ゆ~ゆ 0852-62-1000 http://www.tama-yuuyu.com/玉造温泉旅館協同組合 0852-62-0634 http://www2.crosstalk.or.jp/onsen/
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